-私達が育てた果樹の食べごろを味わって下さい。-

理想園ロゴ
  • さくらんぼ
  • 白桃
  • ぶどう
  • ワイン
  • 会社概要
  • 初めてのお客様へ
  • お客様の声
 

農園のご案内

農園のご案内
私たちが、自信を持って「うまい!!!喜んでいただける!」と思う商品のみ取り扱う。
店長、草塩正国


「勝沼」は、言わずと知れた果樹の名産地!!
恵まれた環境の中、家族経営で農園を営んでいます。

私で3代目、創業して40年以上たちます。
沢山のお客様にご愛顧頂き、また、親戚・契約農家に力を貸していた
だいたおかげで、現在も、変わらず運営ができています。

産地の桃と葡萄の専門店として、だた、沢山の桃や葡萄を販売するので
はなく、実際に食べてみて、自信を持って「うまい!!!喜んでいた
だける」と誇れる商品のみ紹介していお届けしたい
と考えています。例
え、訳あり商品でも「美味しい」と思えない商品は、紹介しません。

まずは、自分たちが、食べてみて、自分たちが「美味しい。また、ほしい!!」
と思わない商品では、お話になりません。
その為には、必要なことそれを大切にしています。

果樹の新鮮さ! 栽培の「こだわり」
桃と葡萄!理想園のこだわりは「収穫」にあります。

早すぎず 遅すぎず 熟練のスタッフが「適期」で収穫!その為、収穫期には、作業を分業化して、そのタイミングを逃さない
ように収穫作業を行っています。

ただの「桃」!!ただの「葡萄」!!ではない!

桃や葡萄を知り尽くしたプロの生産者と共にこだわりの桃と葡萄を販売する農園として、これからも運営していきます。

果樹王国山梨の「桃と葡萄」の老舗専門店として、 お客様のニーズを聞き、地域のお力を借り、自社の経営資源を活用して、 お客様に必要とされる農園を目指す。

また、先輩方が築いた「産地ブランド」や「地域の景観」の向上に貢献できる農園を目指す。

理想園の歴史
創業期
昭和30年。創業時、ぶどうの町「勝沼」でも大きな「ぶどう園」が5〜6件。
ぶどう作りは盛んでも「ぶどう園」は少なかったと聞きます。

当時は、「ぶどう見学」と言いぶどうの棚の下で眺めながら皿もりの「ぶど う」を食べる。ほとんどが「甲州ぶどう」、そして、お土産を買って頂く。

当園は、畑も少なく、売店もない。守るおじいちゃんは、駅へお客様を迎 えに行き、来てくれたお客様が、がっかりしない様にお客様に御自分で ぶどうを切ってもらった。お客様の理想の葡萄園にしたいと、理想園の 名前をつけたそうです。

小さな農園でスタートした理想園。何をしたら良いか考え、ご来店頂いたお客様に朝ご飯を出したり、漬物を出したりしたそ うです。朝ご飯は、現在では無くなりましたが、漬物は、大人気!!いまでも、お得意様に喜ばれています。

毎年、少しずつ、お客様が増えて、当時の住まいから、畑があった、現在の場所に家を建て、売店を作ったのは、開業して から約13年後、その頃、都内の信用金庫に勤めていた故:草塩政則(父)が、後継者として戻ってきました。

東京での経験を生かし、バス観光会社(近畿日本ツーリスト様)をはじめ、次々と契約。 私の母と共に団体の食事、(バー べキュー・ほうとう)を取り入れました。私も記憶にありますが、子供のころは、バスガイドさんや運転手さんによく
遊んでもらいました。
その頃から高級ブドウ・白桃の発送を本格的にスタートしました。

振り返ると、全国発送をスタートして、すでに25年以上になります。
当初は、FAX機が20万円以上もしたそうです。

スタート当時、苦戦したのが「桃!」
当時は、今の品種と違い病気に弱く、「灰干し病」など、お客様にご指摘 を頂く事がありました。灰干し病は、発送した時には、病気が確認できま せん。1日2日すると、白くカビのような物が出てきます。
県外発送を始めた時から、発送業務においては母が責任者でした。夜遅くまで、箱を選んだり、ネット(桃を包むスポンジ) やクッションを選んだり、夕飯の後、売店で仕事している姿は、今でもよく覚えています。当時の県外発送の件数は、数十 件。今では、契約農家様や親戚の協力があり、月間数千件と増え、大幅に増えました。
また、年々、ご来店するお客様も増え、嬉しい面が多かったのですが、個人経営の農園でしたので、大手旅行代理店様 の対応が難しくなってきました。
観光農園を始める
その為、1995年に経営方針を変更し、個人のお客様中心にきめ細かい サービスを提供できる観光農園に生まれ変わりました。

「また来たいと言われる農園」を目指し、 家族一丸となり頑張りました。

ただ商品を売店で販売するのではなく、家族や友人と産地に来て「ぶど う狩り」「桃狩り」を体験していただき、休憩所で、のんびり過ごして頂く。
そして、理想園で、楽しい時間を過ごしていただける農園。
このテーマは、今も変わらず同じです。
戦後、創業者(草塩 守)が、始めた農園。享年86歳で他界しましたが、亡くなる前日まで、病室のベットから
来年ご来店するお客様の事を楽しみにしいました。ここのぶどう棚を高くして「ぶどう狩り」しやすいようにとか、
お子様でも「桃狩り」がし易いように作業用のリフトに手すりを付けて、脚立なしでも「桃狩り」ができるように
など、常に問題意識を持ち、改善・改善の日々でした。しかし、その姿は、とても楽しそうでした。

今では、創業者の思いを受け継ぎ、父から私と家族・親戚をはじめ、契約農家様の協力を頂き、
お客様に喜んで頂ける観光農園を目指し、日々、頑張っています。

【お知らせ】
2012年6月に創業者の後を継ぎ、長年に渡り園主を務めた「草塩政則」が他界しました。
ご来店を頂いたお客様から、線香を上げてくださったり、父が好きな果物を持ってくださったり、
親戚のように農園を愛していただき、心より感謝しております。

亡き、父の後、母と妻と力を合わせ、農園を盛り上げて行きたいと思います。
今後もご愛顧のほど、宜しくお願いいたします。

理想園 3代目 園主 草塩正国